水無月のこと
1日 万物が一番瑞々しく見える6月の幕開け。衣替えの月らしく、昨日の寒さがうそのようにからりと晴れる。
 山椒の実がだいぶ膨らんだので、笊にいっぱい収穫して、早速昆布と煮る。一粒一粒が、かなりきつい味なので、これで次のシーズンまでもたせることができるのだ。 せっせと摘んでいたらお隣のMさんが通りかかって、出来たら差し上げる約束をする。
 お向かいのKさんの庭でガレージセールをやっていると聞き、のぞいて益子焼の蕎麦猪口を5つ300円で分けて頂いた。
 
 夜になってノリがお姑さんのお見舞いに行ってきたと、地元の埼玉の野菜のクッキーをたくさん持ってきてくれた。
これ私の大好物、うれしい。久々の晴れで溜まっていた、山のような洗濯物をやっつけた。

2日 相変わらずはっきりしない空。いい加減にしてよ、と言いたいけれど、これから雨季なのだから、いまからいらついていては身がもたないだろうな。

 今日は頭の回転の悪い日で、デイホームで、置きっぱなしにした楽譜を探すのに苦労した。半身不随なのに、しっかり者のKさんが、「ほら、そこに置きっぱなし」と教えてくださった。
 昨日に続いて今日も山椒の実を笊いっぱい収穫。昨日とった分は1日半かかって出来上がり、お隣にお裾分けする。

3日 台風の余波で、豊洲の地上に出たら、ものすごい風雨。世田谷は静かだったのに、湾岸は荒れていた。
 あちこちに壊れたビニールの傘が捨てられている。この人たちはきっとびしょぬれになったことだろう。 
 夜、あまりの寒さにお鍋にする。中身は白菜、豆腐、ネギ、マグロの赤身、そして、鶏挽肉を片栗粉で丸めて入れて酢醤油でたんまりと食べたら、体がほかほかになった。

 それにしても老夫婦二人きりのなべ料理なんて、乙だなあ。

4日 昼過ぎに郵便局でいつになく溜まった振り込み3通。牛乳屋、同窓会費、季刊誌。
 民営化になって、だいぶ経つのに事務の遅いこと!2人待ちで15分かかる。待っているあいだ考え事。
 
 最近の私はいつも今夜のおかずのことを考えている。卵禁止の夫によって、卵が偉大な助っ人だったことを知るが、生野菜、卵、牛乳、油ものを控えると、献立は生易しくない。
 でも今日もうまくいった。今日のおかずは、帆立、白菜、エリンギ、それに赤身の焼き豚をテフロンのフライパンでさっと炒めて、塩だけ振ってそのまま弱火で蒸し焼き。
 茶碗に山盛り1杯のごはんをお粥にして、二人で分けっこ。昨日の鍋の残りに里芋の煮ころがしを足して、煮物代わり。
 庭に青紫蘇がいっぱい出たので、漬物にあしらう。明日は何にしようかな。

5日 買い物帰りに向こうから女子高校生が横並びでてれてれと歩いてきた。その後ろから車が。
 道路の右がわに一台の車が駐車している。走ってくる車より私のほうが1歩早かったので、高校生をよけて右に出たとたん、後ろからものすごいスピードで自転車が追い越しをかけてきた。
 追い越しざまに、「危ないじゃないか、ばか!」という声を浴びせられて、思わず立ち止まった。どうみても60代後半のおばさんは、そのままスピードを緩めずに、坂を突っ走って登って行った。

 坂を歩きながら、これって誰が悪かったのかな?と考えてしまった。
今日の場合は、まず、テレテレと道をふさいで歩く高校生たち、駐車している車、徐行しないで走ってくる車、大威張りで人をよけさせる自転車、そして、後ろを振り返らなかった私……。
 全部悪いか、誰も悪くないのか。
 とにかく都会は疲れるわ。それにしてもあの自転車のおばさん(おばあさん?)は元気だったなあ。

8日 日曜日らしく、朝からぐだぐだとテレビを見て過ごす。でもやることはちょこちょことあるので、退屈しない。
 昨日配達を頼んでいた新潟のうどんが届かなかったので、電話すると、のんびりした声で、手配を忘れてましたぁ、という返事。
 車の中に見慣れない携帯電話。これはトヨタの人の置き忘れ。
電話したらカジュアルルックで取りに来た。昨日と全く別人みたい。

 昨日来るはずの冷凍食品の注文取りの電話、どれものんびりと、日曜らしい応対で、これっていい。
午後になって、ワタナベさんご一家がビスケットを届けに来て下さる。
帰ろうとなさるのを、むりやりひっぱりあげてしばらく遊んでいただいた。うれしい!
 今日のヒットは9本200円のバナナ!
朝、茄子第1号を収穫。茗荷と即席漬けにする。

9日 いわれなき誹謗をうけた。…夫から。あ〜ぐやじい。そんなときの私のストレス解消法は、自分のための浪費。
 こういう時のために、ヘソクリしてあるんだ。
昨日<アウラ>でスカート2枚を買った。
 そして、今日<ロンド>で夏の靴2足。これで今年はこれでもういいわ、と言ったら、靴屋さん、「そんなこと言わないでまた来て」という。
はい、はいといったけれどこれで当分賄える。
去年買ったブーツのかかとケアを頼む。
 いずれも必要なものを決断したのだ。あとになって辻褄合わせに困るのは私なんだけれど、そんなこと言っちゃいられない。
どちらも自由が丘のお気に入りの店。両方とも電話リレーで「おおまけ」にしてもらう。
 今日はひらひらとスカートの裾を捌いて、息子のお土産のヴェネチアングラスのネックレスをして、デイホームに行ったら皆が「わ〜エレガント!」とほめてくださった。
ちょっぴり悪いかな?と思って、<ASANOYA>で、ブルーべリーの季節限定のパンを夫のために買う。4切れ600円也!
梅雨の晴れ間にこの新品を身に着けて、銀座にいこうかな。
 今日は、昨日起きた秋葉原の殺人事件のためか、自由が丘の街にお巡りさんが目立つ。

11日 1か月振りのユトリーバ6月例会で、9人のお客様。皆様お元気なのがとても嬉しい。
 今日はずっと前に手を付けてそのままになっていた、イタリア歌曲の「愛の喜び」を復習する。
 これは間もなくイタリア語で仕上げるつもり。
だいぶ上達したので、今年の後半は、やはりやりかけでギブアップしてしまっている「青きドナウ」「トスティのセレナーデ」も仕上げなくては。
 もちろん後半のおしゃべりタイムも盛りもりだった。
 熱海のユリコさん、犬の散歩の横浜のハルコさん、コンサートにいくレイコさん、病院に行くゆきこさん…と、3時過ぎにパラパラとお帰り。

 残った皆様も、夫のことを気遣って、いつもより1時間早い4時にお開きとなった。皆様の心遣いが嬉しい。
 例によってたくさんの差し入れをみんなで山分け。今日は注文したうどん、ワタナベ夫人の保護司としての活動費のビスケットなど、営業も忙しかった。

12日 昨日まで持ちこたえた空が、堪忍袋の緒が切れたみたいに、激しく降る。
こんな日はゆったりと家に籠れて好き。
 押し入れの中の着られなくなった服、バッグを纏める。あさって町会の不要衣類回収に出すため。
 昔ハワイで買ったムームーを引っ張り出して、若い時はこんなに痩せてたんだ!と感激。
今は半身しか入らないけれど、迷った末にまたしまい込んだ。

13日 朝から歯車がかみ合わない。駅の長いホームを一番前まで走って行って乗ったけれど、考えたら今日は一番後ろがよかったんだ。座って本を読もうとメガネケースを出したら、中がからっぽ。
 乗り換え駅で、目の前から乗るつもりの電車がタッチの差で出て行った。
プールの化粧室で、ファンデーションを忘れたことに気づく。やれやれ。

14日 朝、岩手の地震の報道。ここにも天の怒りが。今日は一日中地震のニュースで暮れた。
 まだ秋葉原の無差別殺人のショックから立ち直っていないというのに。他人事とは思えないことばかりが、連続して起きている。
 半年に1回の町会の不要衣類の回収日。用意していたのを、がらがらと引っ張って九品仏まで行く。
 ついでにお寺の緑を体中に浴びてきた。

15日 髪の状態が限界に達したので、美容院に行く。これで明日からしばらくは「オンナ」になれる…かな?
 今朝までで、山本一力の「草笛の音次郎」という股旅もの小説を読み終わった。最近まれな面白さ。
 今の日本が失ってしまった一番大事なニッポンジンとしてのあるべき精神構造が、びっしりとつまっているような本だった。

16日今年初めて、素足にサンダル履きでデイホームに行ったら、帰りに足が痛くなった。足が太ったみたい。
 テレビで駒の湯の地震災害現場を一日中映している。
どうやらここはずっと前に一の関からレンタカーで入った山のようだ。
あの美しい山が、と思うと胸が痛む。
 今日は月1回のお人形を作る日。午後、二人のお客様と、一日楽しく過ごした。
 今日出来た子は忍者ハットリ君みたいな怪しの雰囲気。さっそく「ドロボウ」と命名する。
 でも考えたら、忍者は泥棒じゃないんだった。

17日
 晴れの予報なのに、空には何やら不穏の黒雲が立ち込めて、新橋で地上に出たら降り出す。
 でも折りたたみ傘を開きたくないので、しばらく屋根の下で上がるのを待った。
九州は大雨とか……。
 朝少々体調がはっきりしなかったけれど、1時間水の中で体操をしたらすっきりした。
プールの下の「あおき」のイートインで、店内で買ったお寿司をミドリさんと食べて帰る。
 今日「あおき」のポイントカードを作った。伊豆方面に拡大しているスーパーの東京1号店らしいけれど、築地から入って来るお魚がとてもいいので気に入っている。
こうして要らないものまで買い込んじゃうんだ。
 夜博多の出張から帰った息子が、山のようなお菓子を持ってきた。
これは高校時代の友人のお店が博多にあって、私の大好きな味なのだ。
 食べ切れないのでレイコさんに招集をかける。

18日 御馳走の匂いを嗅ぎつけたのかしら、ミノとマキちゃんが、おばちゃんちで待ち合わせた、と言って現れた。
 しめしめケーキが片づく、と思ったけれど、マキちゃんが持ってきたフルーツコンポートが美味しそうでそっちに切り替える。
 おじちゃんのお見舞いと言ってきたけれど、娘夫婦も呼び込んだので、ものすごく賑やかで、家の中に淀んでいたどことなく重たい空気が、すっかり入れ替わって気持ちがいい。

 そのあとで現れたレイコさんと、コーヒータイムの後、久しぶりにピアノの連弾を楽しんだ。勢いづいて、忘れていたヴェルディのロマンツェを気分よく歌う。

 今夜は久々に握り鮨を食べた。「とうきゅう」で一折1300円のをはんぶんこ。
旦那がお寿司が食べたくなるというのは元気な証拠。よかった。

20日 朝ぎりぎりまで決断がつかなくて迷っていたけれど、思い切って九段会館のチャリティ映画会に行く。
 1年に2回のご協力だ。最近アクアサイズを頑張って、体重が2キロ減ったのだけれど、ちょっと油断すると元に戻ってしまう。
 だからプールは休みたくなかったけれど、映画も魅力がある。
 結果的には、行ったことが正解に値する、とても楽しく美しい映画だった。
「サンジャックへの道」は性善説の土台の上に、人間愛のエッセンスが、びっしりと詰まって、フランスとスペインの美しい風景をバックに物語が展開していく、とても良い映画だった。
 帰りの三田線が白金高輪とまりだったので、途中乗り換えは面倒と、1台やり過ごしたら、次も白金高輪ゆきで、しかも、内幸町でストップしてしまった。
 目黒線が不通だという。そんなことどこにも書いてなかった。仕方がないのでやっと着いた三田で都営浅草線に乗り継いで、あと2回乗り換えて2時間掛かって帰宅。 折角幸せ気分になったのだから、文句は言わないことにする。

22日 泣きたいのを必死にこらえているような空。
出かけたい用事が2、3あるので、迷った末に思い切って腰を上げる。
 ついでに、最近食材がマンネリになってきたので、新しいものを探しに大井町まで出かけた。
 夏らしいおでんのゼリー寄せという、見たことない不思議なものを見つけて、買ってきた。これおいしい。
 帰りにカタカナの「ト」の字型の寄り道をして、戸越銀座で好物のネギ味噌煎餅を手に入れる。
 本屋さんで文庫本1冊買って傘をさして帰る。

23日 午前中デイホームで目いっぱい歌う。帰り際に楽しかった、という声を聴くと、それだけで嬉しい。
 帰ってからまたまた思い切って、昨日行きそこなった六本木の新国立美術館まで、今日が最終日の、トリさんの絵を見に行く。すべりこみセーフだった。

 80歳にして全く感性の衰えの見えない彼女に、心から脱帽。
 ご本人にお会い出来たので、力のみなぎった作品の解説を、たっぷり聴かせていただいた。

往きは地下鉄で20分。帰りは渋谷経由でバスを乗り継いで、昼寝をしながら1時間掛かって帰った。
 渋谷に行ったのは久しぶり。デパ地下で、真鯛の切り身を買う。
 3切れで850円。安い。帰ってすぐに煮て、それから5時の閉門すれすれに浄真寺へ6月の地代を納めにいった。
 今日は我ながら働き者。

24日 久しぶりの梅雨の晴れ間。いつになく電車が混んでいると思ったら、目黒線が日吉まで延長していた。
 東横線が混むようになって、自由が丘から乗るのを、極力避けていたけれど、
「目黒線よお前もか」という心境だ。
 これで東横線が埼玉の和光と直結したら、もうおばばは電車には乗れまへんがな。
道なき道をあ〜るけ、あるけ、といくかいな。

25日 兄夫婦が上野の音楽会に行く途中、といって車で立ち寄る。外ではよく会っているけれど、訪ねてくれたのは、久し振り。
これも久しぶりに旦那の3番目の姉から長電話。鵠沼の家を建て替えて、娘と一緒になる、と聞いて、ちょっぴり安心。あらためて兄弟の良さをしみじみと思った。
 今日のおかずは海老フライ。これも随分久しぶりの揚げ物だった。天然という字に惹かれて買ったえびの美味しかったこと!
 久しぶりずくめの楽しい一日だった。
 夕方から雨という予報だったけれど、どうにか持ち応えた。

26日 三島のお友達の家にお邪魔する。何日も前から首を長くして楽しみにしていたのだから、何があってもぜったい行く。わずか1時間足らずの新幹線の旅だけれどわくわくと、心がときめいた。。
 朝になって、旦那が熱っぽいという。まったくもう!私が遊ぼうと思うと何かを起こす人なんだ。子供みたい!
 でもそんなに悪くなさそうなので、隣に頼んで、えいやッとおみこしをあげて、出かけて行った。
もう楽しい一日でありましたよう。6時帰宅。

27日 朝ごはんを軽く食べて、夫について病院に行く。待合室で「ナガシマシゲオさま」と呼んでいる。
見たら似ても似つかぬ方だったけれど、かの有名な長嶋さんも隣町に住んでいらっしゃるので、皆が一斉に顔をあげた。
 呼んだ本人の看護師さんが、「ああ、びっくりした」、と言いながら、「このあいだなんか<イソノカツオ>さんていう人が居たのよ」という。
みんななんだかにやにやして、病人で沈んだ空気がこの場で和んだ。
 肝心の夫はそのまま入院となる。つい先月入ったばかりなのに。
 顔なじみの看護師さんが、「おひさしぶり!」と声をかける。度重なる発症で、今回はじっくり検査ということになりそう。夫を病室まで送って、点滴が始ったのを見届けて、そのままプールに行く。
 実は下に水着を着て、化粧道具も持って行ったんだ。これもみな私の家政婦としての心得に基づくんだ。夕方病院と家を3往復。

28日 夫の留守の間に、蒲団の作りかえをすることを思い立つ。
 ベージュの地に茶色と黒の小さい音符がプリントしてある、木綿の布を見つけて、買ってきた。
 この際私のもお揃いで作ろうと考えて、後先のことを考えずに、12メートルも買ってきてしまい、見ているだけで肩がこってきて、放り投げる。
明日はどこにも行かないので、せめて裁つところまでやろう。

29日 朝から雨。ものすごく蒸し暑い。ゆうべ寝そびれて、ラジオ深夜便を聴いていたので、朝寝坊してしまう。
 9時にそっと雨戸を開け、テレビをつけて山下洋輔さんの元気のいいピアノを聴いているうちに、やっと目が覚めた。
 午後病院に行き、夫を誘いだして見晴らしのいい談話室へ出向く。まだ食事を採らず点滴だけなのに、体重を測ったら減っていないので、ちょっと安心する。
 一人のためにカレー作り。でも夫が留守で、台所の片づけがおろそかになっている。明日洗おうっと。
 夜になって、昨日買ってきた布を引っ張り出し、格闘の末裁断、ミシンを出すのが面倒で、チクチクと返し縫いで縫い上げた。明日仕上げるつもり。

30日 あっという間の6月だった。夫は、あと5年生きるとして、残りは260週だなんていう。
 私はケセラセラ精神でいくけれど、AB型の夫は、そうはいかないみたい。かなりナーヴァスだ。
 デイホームの帰りに、バス停で渋谷行きを待っていて、傘を置き忘れて来たことに気が付く。
 黒い雲が忙しげな空を見上げて、戻ろうかと思ったけれど、この際あたらしい傘を買おうと思い立った。
 渋谷のデパートで、新柄の折りたたみの、すこし派手なのを買って、うきうきする。
 深夜12時までかかって、蒲団ができた。ついでに同じ布で枕カバーも作る。
ついに全部手縫いで仕上げた。
 ミシンを出す手間のほうが早かったけれど、テレビの音を聴きながら、チクチクと針を動かすのが好きなのだ。

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